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 クズとカス

キツツキ

 とある街に2人の少年少女がいました。

 男の子の名前はクズ、女の子の名前はカスでした。

 2人は街の嫌われ者同士でとても気が合い、お互いの考えていることは手に取るように理解し合えました。

 ある日、クズがカスの家の庭で勝手に焼き芋を作っていると、空から見事に巨大な宇宙戦艦がゆらりゆらりとやってきました。

 宇宙戦艦は世界中の電子機器をジャックし、全国放送で地球侵略を呼びかけました。

「我々はこの星を侵略する。もちろん抵抗しても構わないが、我々だって命は惜しい。身の危険を感じればこちらも武力で制圧する。大人しくしていれば、侵略後も選挙権くらいは保証してやろう。では手始めに、この日本という島の中枢機関を掌握する。」

 日本政府はこれに必死に抵抗しましたが、なにぶん核兵器も持たない国だったので呆気なく侵略されてしまいました。

 

 この迅速な侵略に対して中国とアメリカは共同で地球連合軍を組み、反撃に出ました。

 宇宙戦艦側も本気を出して一気に連合軍を壊滅させ、両国とも手中に収めました。

 日本、中国、アメリカが侵略されたことで全世界はやる気を失いました。

 ここで宇宙戦艦は地球侵略の第一段階は成功したと踏んで、その機体から異星人を地上に下ろし始めました。

 どうやら機体の中には民間人用のワープホールがあったらしく、上陸してきた異星人の数は約10万人にものぼりました。

 今度は地球人がこれに立腹し、上陸したてで武器を持たない異星人を虐殺していきました。

 こうして本格的に地球vs異星人の徹底抗戦が始まりました。

 さて、クズは宇宙戦艦がやってきた直後に地球を見限って異星人側に付いていました。宇宙戦艦の見た目や宣戦布告の仕方から、異星人の方が強いことは明らかだったからです。

 異星人は知能も高く、クズの話すボソボソした日本語も理解できましたので、すぐに仲間として迎え入れました。これは地球と地球人のことをよく知るためでもあり、クズの持つ知識によって侵略がよりスムーズになったのでした。

 一方、日本が侵略される中、カスは女の子なので兵役は無く、軍需工場に駆り出されていました。しかし、カスは手先が不器用で体力も無かったので、単純な肉体労働すらろくに出来ませんでした。そして、事務所の清掃中にPCからUSBを無理やり引っこ抜いてデータを消し飛ばしてしまったことが決定打となって、まもなく解雇されてしまいました。そうして、人里離れた村に疎開することになりました。

 疎開先の村では難民キャンプが立ち並んでいて、食料の供給もままならない状況でした。カスは我慢することが出来ないので、配給の列に割り込んだり人の物を盗んだりして暮らしていましたが、やがてそれらの悪行がバレて村を追い出されてしまいました。仕方ないので、カスは身分を偽りながら数々の疎開先を転々として食いつないでいきました。

 さて、初めのうちは異星人による一方的な侵略でしたが、時が経つにつれ宇宙戦艦のエネルギーが弱まっていきました。宇宙戦艦の動力となっている資源は異星でしか採れず、人間しか通れないワープホールは使えないので、数週間かけて異星から直接送ってもらうしかなかったのです。

 それでも異星人側が不利に陥ることはないものの、戦局は膠着しました。

 

 また、宇宙戦艦内ではクズへの不信が募っていました。

 それまでクズの他にも寝返る地球人は何人かいましたが、次第に良心の呵責に苛まされて皆自害していきました。にもかかわらずクズは全く精神に支障をきたすこともなく、自分の知恵と知識を駆使して異星人の侵略に大きく貢献していました。

 異星人にも道徳という概念はあり、このクズの態度は目に余るものでした。そのため、異星人の中には「クズは何か壮大な反撃計画を企んでおり、計画成功のために血涙の思いで自分たちを利用しているのではないか」という考えを持つ者が現れました。

 異星人にとってクズが良い協力者であることは間違いありませんでしたが、術中に嵌められているかも知れないという不安は取り除くべきでした。

 これは俗に言うスパイ容疑ですが、スパイという戦術はクズが教えた人間の知恵でした。

 そこで異星人はクズにつの試練を課しました。

「まだ生きていれば、お前の1番大切な人間を我々の目の前で殺してみろ。無理だと言うならば、今すぐこの戦艦を降りてもらう。」

 このやり方もクズが教えたものでした。

 クズはすぐに承諾し、全世界に張り巡らされた監視カメラのデータベースを確認しました。自分の記憶と勘を頼りにカスらしき人物を探し当て、宇宙戦艦の窓から遠距離レーザー銃でそれを狙撃しました。

「今殺したのは俺の幼馴染だ。お前たちが侵略してきた時も俺の近くにいたやつだから、疑うのならば自分たちの目で確認できるはずだ。」

 クズが宇宙戦艦に立ち寄った時は衝撃的だったため、異星人の記憶にも鮮明に残っていました。遺体の顔は彼らの記憶と一致していました。

 こうして異星人のクズへの不信は和らぎました。

 侵略の日から1年が経過した頃、異星人は苛立ち始めました。未だに地球人は抵抗を続けているのに、宇宙戦艦のエネルギーはまともに補給できないままなのでした。

 地球人は火事場の馬鹿力が凄まじく徹底的に精神を崩壊させなければ反撃の手は緩まないということは、クズからも学んでいましたが、異星人はそのような戦術には向いていませんでした。目的はあくまで移住先確保であり、知的生命体の絶滅ではなかったからです。

 このまま無益な戦闘を続けていれば宇宙戦艦のエネルギーが完全に尽きて、万が一の時自分たちの星に帰れなくなる可能性があります。特に民間人用のワープホールが大量にエネルギーを消費するため、何としてもその分は確保しておく必要がありました。

 異星人たちは何度か和平交渉に出ようとしましたが、むしろそれは異星人側に何か不利な状況が生まれたのではないかと地球側に希望を与えるものになりました。

 また、異星人はこの逼迫した状況こそクズの本当の狙いだったのではないかと考えました。戦局を上手い具合に膠着させて痺れを切らすのを待っていたのではないかと。実際、クズは自分の故郷の星にいるわけですから、宇宙戦艦のエネルギーが切れたとしても困ることは無いのです。

 そしてクズも異星人側に付くことの意味を見失い始めました。宇宙戦艦の軍事力にも限界を感じ始めたからです。クズは当初、宇宙戦艦のエネルギーは地球の資源で補給できると思っていましたが、実際のエネルギー源はクズも聞いたことのないものだったのです。

 また、じきに再び不安を募らせた異星人が自分を拷問するだろうことを感じ取っていました。拷問という文化も異星人に教え込んでおり、既に侵略の過程で行われていましたが、あの一件で信頼を得たクズには下されていませんでした。しかしそれも時間の問題であると肌で感じていました。

 そこで、クズは異星人を裏切ることにしました。

 こんな時のために、クズは既に艦長の妻と肉体関係を持っていました。

 妻を騙して艦長の食事に毒を盛って殺害し、病死を装いました。さらに、艦長が死んだら侵略を中断してほしいと言う旨の遺書も偽造しました。

 こうして、異星人は停戦に向けて上陸していた民間人たちをワープホールで故郷へ送り始めました。

 既に艦内で広まっていたクズへの不信感は確実なものとなっていましたが、疲弊した異星人にとってはようやく戦争を終えられることの解放感が勝っていました。今更クズを尋問したところで状況は変わらないし、変えるつもりもなかったのです。

「君が艦長を殺害したことは承知の上であるが、我々が君に幼馴染を殺させたのも事実である。地球の侵略は叶わなかったが、十分に地球の文化・文明を知ることが出来たのは多大な利益であった。長きにわたる協力に免じて、今回のことは不問としよう。」

 こうしてクズは宇宙戦艦から離脱しました。

 さて、クズは異星人たちが自分を殺そうとしてきた時の保険として、艦内に大量の爆弾を仕掛けておいていました。宇宙戦艦が大気圏を突破したことを確認すると、せっかくだからと爆弾のスイッチを押しました。

 宇宙戦艦は全世界に轟く爆発音と共に、太陽のような光を発して粉々になりました。

 しばらくして地球人たちは事態を把握し、終戦を大いに喜びました。そして、日本侵略時から敵の手に堕ちたと思われていたクズが発見されると、全世界が彼を英雄視しました。

「全人類に告ぐ。我々は異星人との戦争に勝利した。それはすべて1人の少年の努力の賜物である。彼は決死の覚悟で戦艦に乗り込み、この1年間異星人を撃退するまで戦い抜いた。地球始まって以来の人類の誇りたる彼に賞賛あれ。」

 もちろん犠牲は尋常ではなく、統計上では世界人口が半分にまで減ったとされましたが、犠牲が大きければ大きいほど、その結末が勝利であったことは喜ばしいものでした。

 しかし、クズはそんな賞賛は求めていませんでした。

 知能の高い異星人は自分を正当に評価しましたが、真実に気付けば地球人は次第に自分を非難し攻撃するだろうことを悟っていたのです。

 さらに言えば、クズは異星の科学技術に関する知識を豊富に得ていたため、それが判明すれば自分の身が狙われることも悟っていました。異星人との関係は相互に知識を提供するものでしたが、地球人はもはやクズに与える知識を持っていません。クズは一方的に利用されることを嫌ったのです。

 そうして、クズは世界の引く手を適当にあしらい、日本の辺境にあった被爆シェルターに隠居することにしました。

 さて、異星の民間人たちはワープホールを使って故郷に帰ることができましたが、彼らの中にはクズが教えた地球人の思考を気に入る者が現れました。

「目的のためには手段を選ばない。そうすればどんな事でも可能になる。」

 これはクズ教として一つの宗教団体にまで発展しましたが、知能の高い異星人たちの元々の思考回路とは相容れず、内戦の種となりました。

 異星人が地球へ侵略に来れたのは、異星が全体としてまとまりを持っていたからでした。宗教紛争が始まったことにより内部の亀裂は広がり、異星人たちが再び地球へ侵略しに来ることはありませんでした。

 

 しかし、地球側はそんなことはつゆ知らず、次の侵略に備えて国際的なまとまりが強くなっていきました。また、地球全体として復興作業に取り組まなければいけませんでした。

 その中でも日本は1番初めの被侵略国だったため、復興も早い時期から始まっていました。

 復興が進んだ国では侵略対策会議が開かれ、やはりクズの協力が仰がれました。

 クズは再度異星人が侵略してきても地球を裏切るつもりでしたので、その会議に協力する気は微塵もありませんでした。

 しかし、参加を断ればやはり裏切り者としての非難が強まると思ったので、会議に参加だけしてデタラメを吐きまくりました。それがデタラメであるとが分かるのはクズだけでした。

 一定以上の知識を与えると、ようやくクズは解放されて元の隠居生活に戻りました。

 ある日、クズが日課の野焼きをしていると、山奥から人影が現れました。

 その山は戦争で出た瓦礫の処分場となっていたため、クズ以外の人が寄り付くことはありませんでした。

 しかし、クズにはなぜその人間がこの山にいるのか一瞬で分かりました。

 そして、相手にもなぜクズがこの山にいるのか一瞬で分かりました。

 その人間がカスだったからです。

 2人は駆け寄り、抱きしめ合いました。

 なんと、カスは生きていたのです。

 実はクズがレーザー銃で殺害したのは、全く関係ない赤の他人だったのです。

 クズも異星人もその事に気が付かなかったのは、カスがどこにでもいるような取り留めの無い地味な見た目だったからでした。

「お前こんな顔だっけ?艦長の妻の方が美人だったな。」

「最後に生き残ってるんだから私の勝ちよ。」

 こうして彼らは幸せな余生を過ごしたのでした。

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