人に成る夢
藤乃由木
1月7日の夜、僕は大荷物を抱えて電車に乗り込む。東京から、僕の地元へ向かう電車だ。車内は驚く程にすいていた。
荷物をラックの上にのせ、席に座る。降りる駅までは2時間ほどある。初めはスマートフォンでSNSを見ていたが、先ほどまでアルバイトをしていた影響による疲れと電車の揺れの心地よさで、いつの間にか寝落ちしていた。
夢を見た。その中で僕は、家の中に1人佇んでいた。家具の配置などを見るに、僕が小学校に上がる前の時期のことだろう。
家の中を懐かしく眺めていると、近くに誰かがやってきた。親父だ。親父は僕に向かって話をしてきた。だが、音がこもっていてよく聞こえない。必死に聞き取ろうとするが、かろうじて聞こえたのは、
「…人になりなさい」
という言葉だけであった。
目が覚める。スマホの画面で現在の時刻を確認すると、降車駅まではあと30分ほど。眠気はなくなっていたため、ネットサーフィンで残りの時間をつぶそうとする。
なぜ、新年が明けて7日もたった夜に僕は地元に帰省しようとしているのか。それはただ単純な理由で、大学の課題とアルバイトがあったために、地元への帰省が今頃になってしまった。
明日は成人式だな。そんなありきたりなことを考えているうちに、降車駅の名前が車内に響き渡る。僕が荷物を降ろして下車の準備をし終わると同時に、電車が完全に停車した。電車のドアが開きホームに降りると同時に、1月の寒さを感じる。空からは雪が舞い降りていた。
改札を通り駅を出ると、そこには一面の銀世界が広がっていた。僕は寒さに身もだえながら実家へと歩みを進める。その道中、頭の中に思い浮かべていたのは今までの思い出だろうか、それとも明日会う同級生の顔か。否、先ほどの夢の内容であった。
「人になれ」とはどういうことか。安直に考えるならば「”立派な”人になれ」と親父は言っていたのだろうか。ならばなぜ、そんな記憶を僕は夢の中で思い描いていたのだろうか。
などと考えていると、後ろから近づいてくる足音を認識する。時刻は21時半近く。天候は少し荒れているが、今僕が歩いている通りは人がある程度いる。なのに、妙にその足音が気になって、後ろを振り返る。その直後、脇腹が熱くなるのを感じた。その異様な熱さに驚き、僕は熱源のほうを見るとそこにはナイフが突き刺さっていた。
通り魔に襲われた。
そのことを頭が認識するよりも早く、僕は後ろに飛びのこうとした。通り魔から距離を取ろうとしたためだ。通り魔は、僕の腹に刺さっていたナイフを抜こうとしているところであったが、手負いの僕の予想外の動きに驚き、少し固まっていた。
『隙を作れた。これで逃げられる。』
と安堵した僕だが、そこが運の尽きであった。目の前にいた人物はどこかに隠し持っていたのか、もう一本ナイフを持っていた。
通り魔は、確実に僕の命を刈り取れるように、僕の首筋にナイフを突き立てた。
勢いよく飛び出した血はあたりの雪を赤く染め上げた。一連の様子を見ていた何人かの通行人の悲鳴が銀世界に響き渡る。その声に驚いたのか、通り魔は急いでどこかへ逃げてしまった。
「大丈夫ですか! 」
「誰か救急車を呼べ! 」
「警察、警察もだ! 」
「誰かタオルを!急いで止血しないと! 」
薄れゆく意識の中、周囲の慌ただしい音が聞こえてくる。多くの人が僕を助けようとしてくれている。でも、もうだめだ。初めの一撃だけならまだしも、首の傷はどうやっても治らなさそうだ。見たこともない量の血が止めどなく流れて行っている。
どこからともなく声がした。目を開けるとそこには様々な光景が広がっている。ああ、これが世に言う走馬灯か。僕はもうだめなんだな。死ぬんだな。でも、何だろうか、この暖かい気持ちは。これが死ぬということなんだな。ほら、もう意識が薄れて、うすれ…
周囲からまた悲鳴が上がっていることに気付く。僕の意識は完全に覚醒していた。驚いてもう一度傷口を見ると、そこには触手がまとわりついていた。
その時、夢の中での親父の言葉を思い出す。ああ、そうか。あの言葉は半人前の僕に言った言葉じゃなかったんだ。異生物である僕に言ったのか。それに気づいたとたん、僕の心に浮かんだのは気持ち悪さであった。人ではないことを忘れ、そのことを受け入れず、人に擬態して20年生きていたことに吐き気すら催した。
僕に明日を生きる権利はない。ましてや、明日の”成人式”に出る権利なんて、人に成ろうと努力しなかった僕にはないんだ。だから、ごめん、親父。あんたの願いは叶えられなかったよ。
僕はナイフを握り、人で言う首元に刺した。何度も、なんども。そうして”僕”という生物は生命活動を終えた。